離婚事由の一つとして、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号)があります。

意義

「精神病」とは、統合失調症、操うつ病(双極性障害)、偏執病(パラノイア(不安や恐怖の影響を強く受けており、他人が常に自分を批判しているという妄想を抱くもの))など高度精神病を意味します。健康状態と高度精神病の中間にあるアルコール依存症、麻薬中毒、 ヒステリー、神経衰弱症などは含まれないと考えられています。
また、近年、パーソナリティ障害(人格障害)、発達障害(自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、学習症(学習障害、LD))などが話題になっています。もっともこれらも、健康・神経症・精神病、といった概念のグラデーションに位置するあいまいな境界部分を指すため、そもそも「精神病」とは言えません。医学上、「精神病」という概念自体は多義的で、その内容は必ずしも確定していないのが実情です。
裁判例においては統合失調症の事例が多く、精神病を厳格に解釈する傾向があります
たとえば、アルツハイマー病に罹患した妻に対する離婚請求について、その病気の性質等から本号に該当するかについては疑問が残るとし、本号ではなく、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)に基づく離婚請求を認めた事例があります(長野地判平成2年9月17日家月43巻6号34頁)。

「強度の」ものといえるか、「回復の見込みのない」=不治のものといえるかは、専門医の医学的な判断を踏まえて、最終的には裁判官の法律的判断によることとなります。判断基準となるのは、夫婦としての協力義務が十分に果たされない程度の精神障害かどうかであるとされています。

他の離婚事由との関係

もっとも、配偶者の病状によっては、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)という離婚事由にあたるとも考えられます

離婚請求を認めた事例

・妻が統合失調症に罹患しているものの、強度でもなく回復の見込みがないとも認められないとされたうえで、妻の粗暴で家庭的でない言動が主たる原因となって婚姻は破綻しているとされた事例(東京高判昭和57年8月31日判時1056号179頁)
・夫が操うつ病のために再三入院を繰り返しているが、かなり回復している一方、その精神的な疾患に起因した荒んだ行状などが原因して、妻に幾度も暴行を加えるなど婚姻は破綻しているとされた事例(東京高判昭和63年12月22日判時1301号97頁)
・妻がアルツハイマー病に罹患した事例(長野地判平成2年9月17日家月43巻6号34頁)。
・妻が脳腫蕩を患って心神喪失の常況(植物状態)にある事例(横浜地横須賀支判平成5年12月21日家月47巻1号140頁)

離婚請求を認めなかった事例
・妻は中等度の統合失調症であり4号に該当しないとしたうえ、夫の負担は、そうした中等度の精神病の配偶者を抱える場合に通常負う負担の域を出ないとして、「婚姻を継続し難い重大な事由」を認めなかった事例(東京地判昭和59年2月24日)
・妻が夫と別居した後にうつ病による抑うつ状態にあるという事案で、妻のうつ病が治癒し、あるいはその病状についての夫の理解が深まれば、婚姻関係の改善が期待できるとして、離婚請求を棄却した事例(名古屋高判平成20年4月8日家月61巻2号240頁)

まとめ

これらの裁判例からすると、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)における判断同様、精神病の内容だけでなく、夫婦関係の実態を十分に考慮して判断がなされているようです。

離婚請求棄却条項の適用(民法770条2項)

民法770条2項は「裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。」と規定しています。民法770条1項1号から4号の具体的離婚原因があり、婚姻の破綻も認められるにもかかわらず、婚姻の破綻とは別の事情を考慮して、離婚請求が棄却される場合があります。裁判例上、本条項の適用事例があるのは、1号「配偶者の不貞」と4号「回復の見込みのない強度の精神病」にかかわる事案についてのみです。そのため、本離婚事由については、2項の適用の有無を検討する必要があるのです。
そこで、4号「回復の見込みのない強度の精神病」にかかわる事案で、民法770条2項の適用があったケースを見てみます。

最高裁昭和33年7月25日判決(民集12巻12号1823頁)

「民法は単に夫婦の一方が不治の精神病にかかった一事をもって直ちに離婚の訴訟を理由ありとするものと解すべきではなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途に、その方途の見込のついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない法意であると解すべきである。」
と判断し、離婚を認めませんでした。これを、「具体的方途論」といい、実質的に3号による離婚請求について要件を加重したに等しい判断をしました。しかし、どこまで具体的方途を講じれば良いのか明確ではありませんでした。

最高裁昭和45年11月24日判決(民集24巻12号1943頁)

上記昭和33年の最高裁判決を受け、具体的方途論を適用して、最高裁としてはじめて、回復の見込みのない強度の精神病を離婚事由とする離婚が認められました。
本事案においては、妻の実家が夫の支出をあてにしなければ療養費に事欠くような資産状態ではなく、他方、夫は、妻のため十分な療養費を支出できる程に余裕がないにもかかわらず、過去の療養費については、妻の後見人である父との聞で分割払いの示談をしてこれに従って全部支払を完了し将来の療養費についても可能な範囲の支払をなす意思のあることを裁判所の試みた和解において表明し、夫婦間の子をその出生当時から引き続き養育している等の事情があるときは、同条2項により離婚の請求を棄却すべき場合には当たらないと判断しました。
本事案からすると、具体的方途の内容として重視されるのは、病者の離婚後の生活費・療養費などの確保と病者の看護体制(引受先)が整備されていることにあります。

一方配偶者の婚姻から解放される利益と、②精神病に罹患した本人の保護とを、総合考慮して具体的方途が講じられているか判断されるようです。そこで、実際の訴訟においては、生活費や療養費の負担や配偶者に代わる保護者の存在、療養受入先等の療養看護体制が十分かどうか、といった点が、審理の重要なポイントとなります。原告は、具体的な裏付けをもって、これらの事実を立証する必要があるのです。

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